僕は昔、初めて自分の仕事に値段をつけた夜のことを、今でも覚えている。
紙に書いた数字を消して、書き直して、また消して。何時間も悩んだ末に、結局いちばん小さい金額に落ち着かせた。
誰にも何も言われていないのに、心のどこかで、ずっと誰かに謝っていた。
「こんな僕が、こんなにもらっていいのか」「高いと思われたら、嫌われるんじゃないか」
あの頃の僕にとって、お金を受け取ることは、どこか後ろめたい行為だった。届けたい気持ちは本物のはずなのに、対価の話になった瞬間、自信だけが消えた。足りない自信は、おまけと値引きで埋めていた。
あなたにも、覚えがないだろうか。請求の話になると声が小さくなる。見積もりを送る指が止まる。「お代はいいですよ」と言いそうになる。もらった後に、もらいすぎた気がして落ち着かなくなる。
その小ささは優しさの顔をしているけれど——よく見ると、あなた自身を静かに削っている。
言えないのは、遠慮じゃない
本当は、もう少し価格を上げたい。でも、言えない。
本当は、価値のある仕事だと思っている。でも、いざ請求する段になると胸の奥がざわついて、堂々とした顔ができなくなる。
それを「謙虚だから」「お金にがめつい人になりたくないから」と説明して、自分を納得させてきたなら、一度ここで立ち止まってほしい。
言えないのは、遠慮じゃない。自分の仕事を、自分がまだ信じきれていないだけだ。
責めたいんじゃない。僕自身が長いあいだそうだったから、言っている。
安くしておけば嫌われない。安くしておけば文句も言われない。タダ同然で引き受ければ、感謝までもらえる。そうやって僕は、値段を盾にして人の目から隠れていた。振り返れば、あれは謙虚ではなく、ただの防御だった。
でも、続けるほどに思い知ることになる。
値段を下げても、怖さは一ミリも減らない。安心は一晩で消えて、また次の見積もりで手が止まる。——怖さの置き場所が、変わるだけ。
あなたは、何を渡してきたか
そもそも、この国には「お金の話をするのは、はしたない」という空気が根強くある。お金は汚いもの。欲しがるほど人としての格が下がるもの。
でも、それは誰が決めたんだろう。少なくとも、あなたの仕事を受け取って喜んだ人ではない。「ありがとう」と言いながらお金を払う人は、世の中にいくらでもいる。
思い出してほしい。あなたが相手に渡してきたのは、
時間。
経験。
積み重ねてきた練習。
削ってきた夜。
そして、想い。
それだけのものを渡して、対価を受け取る。誰かを騙すことでも、何かを奪うことでもない。仕事という名前の、まっとうな交換。八百屋で野菜を買うとき、店主は謝らない。買う側も、払うことを当然だと思っている。あなたの仕事だけを例外にする理由は、本当はどこにもない。
見方を変えれば、受け取らないことのほうが循環を止めている。
あなたが受け取りを拒むとき、相手は「ちゃんと払う」という形で感謝を渡す場所を失う。受け取ることは、相手の気持ちに席を用意することでもある。
罪悪感の正体は、お金じゃない
だから、値引きの理由を探す前に、一度立ち止まって自分の声を聴いてみてほしい。なぜ、受け取るのがこんなに怖いのか。何が、そんなに後ろめたいのか。
高いと思われて、人が離れていくのが怖いのか。
自分のサービスに、本当はまだ納得しきれていないのか。
それとも、自分という人間そのものを、最初から安く見積もっているのか。
書き出してみるとわかる。罪悪感の正体は、お金そのものじゃない。——長いあいだ「自分をどう扱ってきたか」の積み重ねが、値段という、いちばん目に見える形で表に出てきただけ。
つまり、安すぎる値段は、あなたがあなたにつけてきた点数の写しでもある。
痛い話をしている自覚はある。でも、これは裏返せば希望になる。自分との関係が変わるなら、受け取り方は、ここからいくらでも変えられる。
自分との関係が、値段に出る
勘違いしないでほしい。RE:STARTは「とにかく高単価にしろ」とは言わない。
不安を煽って値上げさせるようなやり方は、僕のやりたいことの真逆にある。
ただ、怖さや罪悪感を理由に、自分の価値を下げ続ける必要もない。
正直に言うと、僕もまだ途中だ。今でも、見積もりを送る前に一呼吸いる日がある。それでも、送ったあとに自分を責めることは、ほとんどなくなった。
昔とはっきり違うことが、ひとつある。
値段を、人の機嫌で決めるのをやめて、自分の仕事への約束で決めるようになった。この仕事に、これだけの時間と本気を注ぐという約束。
受け取る器は、急には大きくならない。
でも、自分の声を聴き直すたびに、少しずつ確かに広がっていく。これは、慰めではなく僕の実感として言える。
ふたつの問いを、紙に書いてみる
お金を受け取るとき、本当は何を怖がっている?
あなたの仕事には、本当はどんな価値があると思っている?
うまく書けなくていい。一言でも、それが今のあなたの声。誰にも見せない紙の上でなら、本音は意外と顔を出す。立ち止まって書いたその一行が、小さく動き出すための、最初の一歩になる。
罪悪感は、
消すものじゃなく、正体を見るもの。
見たぶんだけ、手はひらいていく。
焦らなくていい。今日は、怖さの名前をひとつ知れたら十分。
あなたの仕事が誰かに届き、その対価があなたに返ってくる。——その循環の真ん中に、あなたは堂々と立っていい。
罪悪感の正体を、自分の言葉にする
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