肩書きは、後でいい。
名乗る言葉より先に、見るべきものがある。
あなたは誰に、何を届けたい人なのか。
何者になればいいのか。どんな肩書きなら、選んでもらえるのか。
発信や仕事を始めようとして、その最初の一枚の看板の前で止まっている人は、驚くほど多い。屋号は決めたのに名乗り方が決まらない。アカウントは作ったのに、自己紹介が三ヶ月空欄のまま。
気持ちは痛いほどわかる。名刺にも、プロフィール欄にも、申込みフォームにも、最初に書かされるのは「何者か」だから。深夜に人のアカウントを見比べて、肩書きの候補をメモに並べて、どれも違う気がして全部消す。そこが埋まらない限り、何も始めてはいけない気がしてしまうのかもしれない。
でも、これだけは最初に言い切っておく。順番が逆だ。先に決めるのは「何者か」じゃない。「何を届けたいか」のほうだ。
しっくりこないのは、言葉のせいじゃない
カウンセラー。
コーチ。
セラピスト。
コンサルタント。
デザイナー。
占い師。
名乗れる言葉なら、世の中に溢れている。
それなのに、どれを自分に当てはめても、借り物の服みたいな違和感が残る。診断ツールを試し、肩書きの作り方という記事を読み、それっぽい言葉を組み合わせては、また振り出しに戻る。名乗れない時間が延びるほど、自分には何もない気がしてくる。でも、あの徒労には、ちゃんと理由がある。
しっくりこないのは、言葉選びのセンスの問題じゃない。経験や資格が足りないせいでもない。その証拠に、資格を一つ増やしても、講座をもう一本受けても、この違和感は消えなかったはずだ。
届けたいものが、まだ言葉になっていないからだ。
中身が決まっていないのに、看板の文字だけを先に彫ろうとしている。それなら決まらなくて当然で、あなたはその当然を、ずっと自分の至らなさのせいにしてきただけ。
何者かになろうとするほど、自分が消える
ここで少し、痛いことを言う。
「肩書きが決まらないから動けない」——それ、本当に理由だろうか。
すごそうに見える言葉。
売れていそうな見せ方。
流行りの横文字。
そこに自分を寄せていくのは、届けたい誰かがいるからじゃなく、何者でもない自分のままでは笑われる気がするからじゃないのか。
肩書きが「決まらない」のではなくて、決めないでいることが、始めずに済む一番上等な保険になっていないか。決まるまで動かないのは、準備のふりをした延期だ。
責めてるんじゃない。僕自身が、誰よりも長くその保険の中にいたから言ってる。あの場所は安全で、温かくて、そして何ひとつ届かない。
言葉は、想いの後からついてくる
僕も最初は、肩書きから探した。
すごく見える言葉を並べては、翌朝に読み返して恥ずかしくなって消した。
プロフィールだけを何度も書き直して、肝心の発信は一行もしないまま、周りにどう見られるかばかり気にして月日が過ぎた。
完璧な名乗り方が見つかるまで動けないと思い込んでいた。実績のない自分が何かを名乗ること自体が、ただ怖かった。
そこから抜け出せたのは、完璧な肩書きを見つけたからじゃない。問いを変えたからだ。何と名乗るかじゃなく、誰に届けたいのか。何を変えたいのか。どんな痛みのそばにいたい人間なのか。——その問いに答え始めた時、ようやく自分の言葉が動き出した。書けなかった自己紹介より先に、届けたい人に向けた一通目が書けた。
届けたいものが言葉になり始めると、名乗り方は後から勝手に整っていく。
誰に何を届ける人間なのかを自分の言葉で語れるなら、肩書きはその要約でしかないからだ。肩書きから入る人は、いつまでも迷い続ける。届けたいものから入る人には、肩書きのほうが追いついてくる。これは断言する。
看板より先に、中身を見る
RE:STARTでは、肩書きだけを先に作ることをしない。
ロゴも、プロフィールも、サービスの形も作れる。でもその前に必ず、その人が本当は何を届けたい人なのかを一緒に見る。誰のどんな夜を変えたくて、この仕事を選んだのか。そこを飛ばして作った看板は、どれだけ立派でも長持ちしないから。掲げた本人が、その看板に苦しめられていくから。
世間のノウハウは逆の順番を教える。まず肩書きを決めましょう、ポジションを取りましょう、プロフィールを整えましょう。
僕はその順番を疑っている。ブランディングという言葉が、いつの間にか「上手な盛り方」の意味で使われすぎている。見せ方から作った活動は、たとえ売れても、どこかで苦しくなる。看板と中身がズレたまま、そのズレた期待に応え続けることになるからだ。もし今あなたが苦しいなら、努力が足りないせいじゃない。順番が逆なだけ。
肩書きは看板で、売上は燃料。どちらも大事だけど、ゴールじゃない。
ゴールはいつだって、あなたの中の「届けたい」が、それを必要としている誰かにちゃんと届くこと。看板の文字は、そのために後から何度でも掛け替えればいい。
「見られたい」と「届けたい」を分けてみる
あなたは、何者に見られたいのか。
それとは別に——本当は、何を届けたいのか。
今日、この2つを分けて書き出してみてほしい。スマホのメモでいい。きれいな言葉じゃなくていい。一行でもいい。誰にも見せなくていい。
書き比べて、「見られたい」より「届けたい」のほうが太くなった時、名乗る言葉は自然と絞られてくる。そして気づくはずだ。何者でもない今のままで、始める準備はもう足りていたことに。肩書きのない自己紹介のまま、最初のひとりに届けてみればいい。返ってきた声が、次の名乗り方を教えてくれる。
肩書きより先に、
何を届けたいのか。
僕もまだ、自分の届け方を問い直している途中だ。RE:STARTという名前も、届けたいものの後から付いてきた言葉でしかない。
それでも、迷うたびにこの順番へ戻ると、言葉は少しずつ自分のものになっていく。肩書きが先だったことは、一度もない。届けたい気持ちが、いつも先だった。だから急がなくていい。何者かになるのは、届けたい何かが届いた後でいい。
届けたい人と言葉を、一緒に整理する
ひとりで掘り下げきれない時は、働き方・発信相談へ。
書く前の「誰に」「何を」「なぜ」を、肩書きの手前から一緒に言葉にしていきます。
肩書きを含めて、ブランド全体を本音から組み立て直したい方は、ブランディング相談へ。
見せ方を整える前に、届けたい想いから一緒に見ていきます。