今のあなたを、ただそのまま認めてあげたのは、いつだったろう。
——ずいぶん前すぎて、
思い出せない人もいるはずだ。
こんな自分を認めたら、もっとダメになる。
許したら、変われなくなる。
厳しくしないと、すぐ逃げる。
——心のどこかで、そう思っていないだろうか。
その怖さは、よくわかる。責めてるんじゃない。僕がずっとそうだったから言っている。
——でも、はっきり言う。その思い込みのままだと、あなたは一生、自分を殴り続けることになる。
「何もしなくていい」とは、誰も言っていない
まず、いちばん大きな勘違いをほどきたい。
——自分を認めることは、「もう何もしなくていい」という意味じゃない。
「今のままで全部正しい」と言うことでもない。
認めるというのは、今の自分を現実として、ただ見るということ。
——できていることも、できていないことも、目をそらさず、同じ机の上に並べる。
都合のいいところだけ見るのが甘やかし。
都合の悪いところまで見るのが、認めるということ。
この二つは、まるで逆を向いている。
「自分がダメだから」で、思考が止まる
自分を否定し続けていると、本当の原因が見えなくなる。
——なぜ続かなかったのか。なぜ逃げたのか。なぜ、こんなに苦しいのか。
その問いの答えが、全部ひとつに吸い込まれていく。
「結局、自分がダメだから」。
——たった一行で、思考がそこで止まる。
僕にも、長くこの癖があった。
完璧にやれない日を一日ぶん責めて、責めることで「ちゃんと向き合った気」になって、結局また同じ場所に戻る。何年も、それを繰り返していた。
でも、よく考えてほしい。
——「ダメな自分」を何度殴ったところで、続かなかった本当の理由には、一ミリも近づけない。
事実を見た人だけが、選び直せる
世間は「変わりたいなら自分に厳しくしろ」と言う。
——でも僕は、その当たり前を信じていない。厳しさで人が変わるなら、自分を責め続けてきたあなたは、とっくに変わっているはずだ。
順番が、まるで逆なんだ。
今の自分を現実として認めるから、
——何を変えればいいのかが、はじめて見えてくる。
責めるのではなく、事実を、ただ見る。
——そこから、静かに選び直していく。
逆説に聞こえるかもしれない。でも、これは断言する。
——認めた人ほど、変わる。責めて変わろうとした人より、認めて立ち上がった人の方が、ずっと深く、ずっと長く変わっていく。
立ち止まって、今の自分を見る
RE:STARTで言う「自分を認める」は、現実から逃げて目を閉じることじゃない。
——その逆だ。一度立ち止まって、今の自分を、いいも悪いもひっくるめて、ちゃんと見ること。
見たうえで、ここから自分はどう生きるのかを、自分で決めていく。
——その出発点に立つのが、認めるということ。
だからこれは、甘やかしなんかじゃない。
——自分に対して、いちばん誠実な行為だ。
認めるのを怖がる自分は、何を守ろうとしているのか
認めたらダメになる——そう信じている自分は、
本当のところ、何を恐れているんだろう。
責められるのが怖いのか。期待を裏切るのが怖いのか。
正直に言うと、僕も全部を認めきれたわけじゃない。今もまだ途中だ。
——それでも、その恐れの正体に名前をつけてあげるだけで、認めることへの抵抗は、少しだけほどけていく。
認めることは、甘やかすことじゃない。
ここから建て直すための、土台だ。
土台のない場所に、新しい人生は建てられない。今日すぐ何かが変わるわけでもない。でも、責める手を止めて今の自分を一度認めたその瞬間から、地面はもう、あなたを静かに支え始めている。
——焦らなくていい。その土台の上から、また一歩、自分の人生を選び直していこう。
「認める」を、頭ではなく感覚で身につける
読んで終わりにしたくない人へ。自分を認める感覚を、手を動かしながら掴みたいなら、無料講座が入口になる。
7日間かけて、「責めない」「認める」を、自分の言葉でノートに落としていく。
その前に、今の自分がどこにいるのかを見たい人は、診断から始めてもいい。
どこにズレがあって、どこを認める必要があるのか——その輪郭が、静かに見えてくる。